http://webronza.asahi.com/business/articles/2018021400008.html
一般的には日本歴史の分析では明治維新で日本が大きく変化し、「近代化」への歩みを始めたとされている。
そして明治以降、リーダーシップを取った薩摩と長州がその動きを加速していったとされているのだ。
歴史は「勝者」によって書かれるもの。藩長が江戸幕府を否定し、自らの役割を強調したのは、その意味では自然なことだったのだろう。
しかし、黒船の到来を機に開国政策に踏み切り、近代化を目指したのは、江戸幕府の老中たちだった。
老中阿部正弘(1843年・天保14年に25歳で老中・1857年・安政4年・老中在任のまま江戸で急死。享年39歳)は1854年-嘉永7年、日米和親条約を締結し、鎖国政策を終わらせたのだった。