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老老介護、妻を手にかけ 「死ぬときも一緒」約束したが 逮捕の82歳「将来悲観」
東京都杉並区の自宅で妻(81)を刺殺したとして今月、無職の小島一路(いちろ)容疑者(82)が殺人容疑で逮捕された。「死ぬときも一緒だよ」。冗談交じりに交わした「約束」を胸に、衰弱していく妻の世話を続けていたという。小島容疑者は警視庁の調べに「疲れ果て、将来を悲観した」と供述。「自分は死ねなかった」と話しているという。
7日午後。埼玉県内に住む50代の長女のもとに、小島容疑者から思い詰めた声で電話があった。「母さんが死んだ。俺も後を追う」
捜査関係者などによると、警察官らが駆けつけると、小島容疑者が玄関に姿を見せた。1階居間のベッドで妻の展子(ひろこ)さんが横たわり、血の付いた包丁が2本、ベッド脇のテーブルと台所にあった。この2時間近く前の正午ごろ、小島容疑者はベッドで就寝中の展子さんの胸と腹を包丁で刺し、殺害した疑いがある。
■手をつないで散歩
夫婦の自宅は閑静な住宅街の一角にある。2人で食事に出かけたり、手をつないで散歩をしたりする姿が近所の人によく見かけられていた。展子さんはおしゃれ好きでいつも髪をきれいに整え、フラダンス教室にも通っていたという。
2〜3年ほど前、展子さんは認知症を発症し、デイサービスの施設に通い始めた。昨年秋ごろからは小島容疑者にしがみつくようにして歩くようになり、車いすを手放せなくなった。
体はやせ細り、施設の職員に話しかけられても一言、二言返すだけ。毎回楽しみにしていたカラオケ大会にも参加しなくなった。要介護度は3まで進み、食事やトイレ、入浴に介助が必要な状態になっていたという。
■入所勧められても
小島容疑者は展子さんが乗る車いすを押し、近くのスーパーまで買い物にも出かけた。離れて暮らす2人の子どもが月に数回、様子を見に来てくれた。介護施設に入所させるよう勧めたが、費用を考え、「迷惑をかけたくない」と断った。親として、残せるものは少しでも残してやりたいという思いからだったという。
事件前日の6日朝も、送迎車で施設に向かう展子さんを、いつものように玄関先で見送っていた。近所の70代女性から「日中は少し楽でしょう」と声をかけられ、思わず「いなくたって疲れるよ」と漏らしていた。
翌日。自宅の包丁を手に取った。「魔が差した」。逮捕後の調べにこう振り返り、後悔を口にしているという。「思い返せば、なぜこんなことをしてしまったのか」
■高まる不安「声かけを」 専門家
高齢化が進むなか、こうした「老老介護」の世帯は増え、深刻な事件が後を絶たない。新型コロナウイルスの感染が広がるにつれ、介護疲れを訴える声も相次いでいるという。
厚生労働省が自宅に要介護者がいる人を対象にしている調査によると、介護する側もされる側も
65歳以上の割合は2016年の時点で54・7%。10年から10ポイント近く増加しており、75歳以上に限っても30・2%を占めた。警察庁のまとめでは、「介護・看病疲れ」が動機の殺人事件(未遂を含む)は昨年までの5年間で年間14〜21件あり、計89件だった。
日本福祉大学の湯原悦子教授は、高齢の2人暮らしや男性による介護は「過去にも殺人事件が起きている典型的なケース」と指摘。「周囲は『献身的に介護している』とほめるのではなく、弱音を吐けないのかもと考え、積極的に声をかけてほしい」と呼びかける。
認知症専門クリニックの松本診療所(大阪市)では、4月に入る頃から介護に関する相談が増えている。松本一生(いっしょう)院長は「新型コロナの影響で社会的な不安が高まり、先行きが見通せないことに悲観して追い込まれる人もいる。介護者のストレスに気を配る必要がある」と話す。