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「命より経済は恥」地方、国の方針に怒り インドネシア
「国は切迫感がまるでない」――。新型コロナウイルスの感染が広がるインドネシアで、「経済活動を続けたい」とロックダウン(都市封鎖)に消極的なジョコ大統領に対し、地方の首長から異議申し立てが続いている。
政府による感染者の集計にも公然と疑念が示され、封鎖や検疫の強化を求める声はやまない。
「保健省は、犠牲者の増加に我々が直面しているのが見えていないのか」。首都ジャカルタ特別州のアニス州知事のコメントが、今月6日付の英字紙ジャカルタ・ポストに載った。1面トップの記事の中で、国への批判が取り上げられた。
アニス知事の怒りには伏線がある。3月28日付で首都のロックダウンを求めたが、国に却下されていた。
「死んだら経済立て直せない」
政府発表によるとインドネシアの感染者は今月22日時点で7418人、死者は東南アジアで最多となる635人に上る。うちジャカルタの感染者は3383人で、アニス知事は「医療態勢も限界だ」と訴える。
また、州は独自に、ジャカルタで感染が疑われて埋葬されたのは、今月14日までの1カ月あまりで1千人を超えるとの集計を公表している。
感染の拡大を受け、政府の方針に沿わない形で、移動の制限や検疫を強める地方の首長は少なくない。
西パプア州ソロン市では今月22日から、空港と港を閉鎖し、民間の旅客機や船舶が着くのを認めない。3月末〜4月上旬に続く2度目の実施で、閣僚が「公共交通機関の閉鎖には中央政府との調整が必ず要る」と釘を刺すと
ラムバート市長は20日、報道陣を前に反論。「経済が死んでも立て直せるが、市民が死んでしまったら経済は立て直せない。命よりも経済に価値を置くのは恥だ」と語った。
地元メディアによると、防疫のため地方首長は国の指示に従うよう定めた法律があり、違反すれば、禁錮1年か罰金1億ルピア(約68万円)に問われる可能性がある。だが、ラムバート氏は「私を1年間、牢屋にぶち込め。5年だっていい」と意に介さない。
スラウェシ島ゴロンタロ州では空港や港、県外に続く主要道で独自の簡易検査をして移動を制限。州知事が20日に継続を表明した。
ジャカルタから東に約60キロ、日系メーカーが多い西ジャワ州カラワン県やジョクジャカルタ特別州、東ジャワ州ボジョネゴロ県では、国が3月末に入国規制を始める前から、外国人や地域外から来た人に2週間の自主隔離を求めている。
中部ジャワ州テガル市では、3月末から4カ月間、市内へ続く道路のうち、検疫所を設けた1カ所を除くすべてを封鎖すると発表。西ジャワ州タシクマラヤ市は3月末、「地域限定のロックダウン」を宣言した。
輸送トラックが配送先で足止めを食らったり、企業が来訪者や出張者の受け入れをどこまで認めるかに苦慮したり。メディアは混乱ぶりをたびたび取り上げている。日系化学メーカーの幹部は「国と地方から連日のように対策が発表されて、その確認と対応に追われている」とぼやく。
ジョコ大統領はこれまで再三、「検疫やロックダウンの権限を持つのは中央政府であり、地方政府ではない」と主張してきた。今月13日には新型コロナの感染拡大を「国家災害」と位置づける大統領令を発し、「対策の権限は政府の対策本部にある」と改めて強調した。
地方の突き上げ受け…
「経済活動を続けたい」と繰り返すジョコ大統領。1日には感染者専用の臨時病院を訪ね、「誰も家から出られない。車もバイクも電車も飛行機もみんな止まる。企業の業務もすべてストップだ。そんな道は取りたくない」と語った。
人と物の流れを止めるロックダウンについて消極姿勢を貫く背景には、国内経済の急速な冷え込みがある。世界銀行は3月30日、今年の実質国内総生産(GDP)の成長率を、それまでの5・1%から2・1%と大幅に下方修正。最悪の場合はマイナス3・5%まで落ち込むとのシナリオが公表された。
そうした状況のなか、感染の急拡大と、地方首長たちの突き上げを受け、政府は3月末から「大規模な社会的制限」(PSBB)を導入した。ロックダウンよりは緩やかな形で
一定の経済活動を認める一方、学校に休校、企業に在宅勤務を求め、集会を禁じる内容。実施自治体は警察や軍による巡回を強めて、悪質な違反者には罰金などを科すことができる。
感染の広がりなどの統計を添えて申請した上で、保健省から承認を受ける仕組みで、21日までにジャカルタ首都圏など23自治体がPSBB実施を認められた。一方、少なくとも6自治体は却下された。
保健省は「ジャカルタのように感染拡大が見られない」「実態の調査が不十分」と理由を説明。今月9日の会見で「パンデミック(世界的な流行)なのに、手続きが官僚的ではないか」と質問され、ジョコ大統領は「こうした判断に拙速は禁物だ」と答えた。